1: Egg ★ 2018/07/07(土) 08:00:21.04 ID:CAP_USER9

ワールドカップ・ロシア大会での日本代表の戦いはベスト16で終わり、MF本田圭佑(パチューカ)、MF長谷部誠(アイントラハト・フランクフルト)らが相次いで日本代表からの引退を表明。
日本サッカー界における、ひとつの時代が終わりを告げた。

前者は開幕直前に32歳になり、後者はフィールドプレーヤーでは最年長となる34歳。ともに3大会連続でワールドカップの舞台に立った両ベテランが握るバトンのうち、
長谷部が8年間も左腕に巻いてきたキャプテンマークは、年齢的にも代表における実績でも29歳のDF吉田麻也(サウサンプトン)に託されるだろう。

ならば、本田が担ってきた大黒柱の座は誰が受け継いでいくのか。本田はベルギー戦後に、新生日本代表を引っ張っていく選手として
「ふさわしいヤツは、今回のワールドカップで何人か見つけている」と言い残している。一人ではなく複数と示唆した点が、ある意味でポイントとなる。

2010年のワールドカップ・南アフリカ大会直前に、当時24歳だった本田は岡田武史監督(現JFL・FC今治オーナー)の大抜擢を受けて大黒柱を拝命。
ここぞという場面でゴールする勝負強さ。有言実行でセリエAの名門ACミランの「10番」を背負った上昇志向。そして、失敗や批判を成長への糧に変える強靭なメンタルを融合させて、背中とプレーの両方で日本代表をけん引してきた。

3つの要素のなかで勝負強さに関しては、MF乾貴士(レアル・ベティス)を念頭に置いたのではないだろうか。
セネガル代表とのグループリーグ第2戦で一時は同点に追いつくゴールを決め、ベルギー戦ではリードを2点に広げ、深夜の日本列島を熱狂させる鮮やかなミドルシュートを突き刺した。

ひとつの大会で複数のゴールを決めたのは、2002年の日韓共催大会のMF稲本潤一(現北海道コンサドーレ札幌)、そして2010年大会の本田自身に続いて3人目。
ベルギー戦後にはピッチ上で号泣する乾のもとへ駆け寄り、抱きしめながらねぎらう本田の姿があった。

開幕直前に30回目の誕生日を迎えた乾は、4年後の次回カタール大会を34歳で迎える。自身と同じドリブルと俊敏性を武器とする、
23歳のMF中島翔哉(ポルティモネンセSC)に代表される若手が多いこともあり、自身のインスタグラムにはこんな言葉を綴っている。

自分のポジションは若く、才能を持った選手が多いのでもう代表でのプレーはあるかわかりませんが、僕のサッカー人生はまだ終わりません」(原文のまま)

代表通算6ゴールの乾だが、そのうち4つをこの1ヵ月の間に決めている。西野ジャパンの第1号得点者も乾だった。
憧れ続けてきたラ・リーガのSDエイバルへ移籍した2015年8月を機に成長速度を加速させ、来シーズンからはレアル・ベティスへステップアップする。
「どんな状況でもサッカーを楽しく、いつまでもサッカー小僧でやっていきたいと思います!!」

同じインスタグラムへの投稿のなかには、至福の喜びに満ちた心境も書き込まれている。
それに導かれる形でこれからも成長を続けていけば、誰が次期日本代表監督に就任してもラブコールを送られる存在となるはずだ。

THE PAGE 7/7(土) 6:00配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180706-00000002-wordleafs-socc

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no title
貪欲なまでの上昇志向とピッチ上で放つ「皇帝」のような存在感は、MF柴崎岳(ヘタフェ)に引き継がれるだろう。 
正確無比な長短のパスと、瞬時に試合状況を見極める明晰な思考回路が高く評価された柴崎に対しては、ボルシア・ドルトムントが興味をもっていると報じられた。

ヘタフェと2021年夏まで契約を残す柴崎は、初体験のワールドカップとなるロシア大会を終えた後に、次回カタール大会を見すえながら
「いま考えているのは、チャンピオンズリーグに出ること」と語っている。心技体をもっと、もっと高める青写真を、日本がまだ見ぬベスト8へ通じる扉を開けなかった悔しさと引き換える形で描いたわけだ。

Jリーグ屈指の常勝軍団・鹿島アントラーズで託された「10番」を1年で返上する形で、柴崎は昨年1月末にラ・リーガ2部のテネリフェへ移籍した。
しかし、急変したピッチ内外の環境への適応に苦しみ、新天地でのデビューまでに1ヵ月半を要した。

「海外でプレーしている選手はあらためてすごいと思いましたし、尊敬もしました。異国の地でプレーすること自体が大変だというのは、実際に行ってみないと理解できない。
それらがわかったことで、選手としても人間としても大きくなっていくと感じました」

テネリフェでのプレーが評価され、わずか半年後にラ・リーガ1部のヘタフェへ移籍。日本代表にも復帰した軌跡をこう振り返ったことがある柴崎の視線は、
CSKAモスクワ(ロシア)時代に本田も出場し、ゴールも決めているクラブチーム最高峰の舞台へ向けられている。

そして、失敗を成長への糧に変えるメンタルの強さは、DF昌子源(鹿島アントラーズ)の胸中にすでに宿っている。ベルギーの決勝ゴールとなった後半アディショナルタイムのカウンター。
敵陣から約80mをフルスピードで戻り、最後は必死に伸ばした左足がわずかに届かなかった無念さ。試合後に突っ伏したまま拳をピッチに叩きつけた悔しさは、25歳の昌子を必ずひと回り大きくさせるだろう。

ベルギー戦後に「日本を守る男になりたい」と決意を新たにした昌子は、けがなどもあってガンバ大阪ジュニアユースを中学3年生の途中で退団。
一時はサッカーをあきらめかけたどん底からはい上がってきたサッカー人生の軌跡も、同じくガンバのジュニアユースからユースへ昇格できず、捲土重来を期した本田のそれとダブる。

5日に帰国した西野ジャパンは成田空港近くのホテルへ移動して、5月21日の始動から46日目にして解散した。新監督のもとで、次に招集されるのは9月7日。
札幌ドームを舞台にした国際親善試合(対戦国未定)から、本田が握ってきたバトンを託された男たちの新たな戦いが始まる。

(文責・藤江直人/スポーツライター)

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